産業界でも排出量取引制度の検討が始まった。論点は正しく整理されているか、議論はかみ合っているか。
排出量取引制度に関する議論は、日本でも長く議論がされています。思い起こせば、私が、環境省が設置した「排出量取引制度検討会」の委員になったのは、2008年3月でした。当時は産業界で賛成意見を述べることは批判もありましたが、制度次第で効果はあるとのスタンスで発言していました。それから14年が経過しました。Japan-CLP[i]のように、産業界からもカーボンプライシングの導入を求めています[ii]。また、経済産業省が主体で進め、多くの企業が参加しているGXリーグ[iii]でも自主的な排出量取引を行うとしています。
カーボンプライシングに関しての否定的な意見として、現在、原油高と円安によって電気代、ガソリン代等の燃料費が高騰していますが、価格シグナルでは電力消費やガソリン消費は減らないことが挙げています。長期に渡る価格が明示的でなければ、行動に移すことは困難ですので、一時的に価格が上昇したからと言って、すぐに行動に変化が現れるわけではありません。特に設備投資や事業の大胆な変更は難しいでしょう。しかし、温室効果ガスの排出目標は厳しく、炭素価格の負担が継続するならば、経営的視点から事業の見直しを考える必要が出てくるでしょう。
中小企業の方も、カーボンプライシングが、今後の経営に与える影響と、事業のチャンスにならないかを検討されては如何でしょうか。特に電気代や燃料費の高騰が気になる方は、カーボンプライシングの影響を受ける可能性が高いので検討する価値があると思います。
今回はカーボンプライシングの中で、議論が進みつつある排出量取引について少し示します。
排出量取引のポイントは、取引制度に関わるものと参加者の温室効果ガスの排出目標に関するものがあります。
①参加組織の排出目標
排出目標が自主的なものか、義務的なものかで取引制度の効果は大きく異なります。東京都の制度は義務的なもので、達成率は非常に高く、制度の最大の目的である排出削減効果は大きいです。しかし、排出量の取引に関しては、目標未達分をクレジットの償却で補うことは、令和3年度は、ほとんど行われていません。超過削減量を含むクレジットの償却の大半は、東京都が東京オリンピック2020でのカーボンオフセットに利用されたものだけでした。従って超過削減量は買い手市場となっており、図1に示したように価格は600円/CO2トンと低迷しています。
この価格では、目標以上の達成努力を生み出す効果は少ないでしょう。ただ、東京都では第3計画期間では、削減目標(削減義務率)を厳しくすることによる価格上昇を想定する見方が多いとのことです。価格が高くなるということは、削減手段の乏しい参加者にとっては経済負担が大きくなることになります。
図1.クレジットの査定価格の推移
(出典:東京都の取引価格の査定結果について【令和4年2月】[iv]より)
前述したGXリーグは現在のところ自主的目標を対象とするとされていますので、超過削減によるクレジット価格が高くなる可能性は低いのではないでしょうか。
①クレジットの作成
クレジットは資産となるため、厳密に管理されるべきであるが、一方で認定監査や登録の手間が多くかかれば、クレジットの作成価格が大きくなり、クレジットの作成効果は小さくなります。排出量の評価報告制度との連携による超過達成量の算出であれば追加負担は少ないでしょう。
②会計処理
義務目標の未達分に対するクレジットの償却に関しては、費用として経費処理することができます。目標が自主な場合に、費用として経費処理できるかは微妙になります。政府の判断によっては寄付金扱いになることもあり得ます。
排出量取引制度の一番の目的は、厳しい排出削減目標の達成であることが望ましいと思います。その中で削減目標を達成することに対する経済合理性を実現するために、排出量の取引を活用するものです。残念ながら自主的な目標に対する制度では、次の点が課題となるでしょう。クレジットの大量償却が必要な目標設定を行う企業は限られるでしょう。そのためクレジットの需要は限定的となるでしょう。
削減目標の達成が困難であるからと、継続して毎年度クレジットの償却を行うことは、企業の経営視点としては厳しいでしょう。設備投資等を行うなら早い段階で実施し、クレジットの償却負担を最小にするのが望まれます。
企業に課せられる排出量削減目標の動向と、クレジットの開発および価格動向を認識していくことが企業経営には重要になるでしょう。
[i] Japan-CLP組織概要 | JCLP | 日本気候リーダーズ・パートナーシップ (japan-clp.jp)
[ii] JCLP_PolicyProposals_20210728.pdf (japan-clp.jp)