
日本産業調査会(JISC)から工業ナノ材料のリスク管理に関する標準仕様書が発行されます。
化学物質のリスクアセスメントは定着しているのか。
背景
ISO/TS12901-2「ナノテクノロジー-工学ナノ材料に適用する職業的リスクマネジメント-第2部:コントロールバンディングアプローチの使用」の翻訳版は筆者が原案作成委員会の委員長を務め、まもなく日本産業調査会(JISC)から標準仕様書(TS)として発行されます。
一方、日本では化学物質取り扱い職場においてリスクアセスメントの実施が義務付けられています。2017年の調査[i]では、努力義務であるすべての化学物質についてのリスクアセスメント実施率は41.5%でした。ナノマテリアルの多くは努力義務ではありますが実施率は拡大しているでしょうか。
日本での化学物質リスクアセスメントの実施状況
2023年の調査[ii]では、労働安全衛生法に該当する化学物質を使用している事業所のうち、リスクアセスメントを実施している事業所の割合は58.2%で、2022年の69.6%から大きく減少しています。努力義務としての化学物質を使用している事業所も52.0%で、2022年の63.8%から大きく減少しています。
2017年の調査でのリスクアセスメントを実施しない理由は図1に示したものとなっています。この状況は現在も変わっていないのではないでしょうか。
化学物質に対するリスクアセスメントが適切に行われるためには、人材を育成し、方法を理解できるようにすることが必要です。
図1. リスクアセスメントを実施しない理由(複数回答、化学物質使用事業所)
リスクアセスメントは、化学物質やその製剤の持つ危険性や有害性を特定し、それによる労働者への 危険または健康障害を生じるおそれの程度を見積もり、リスクの低減対策を 検討することをいいます。リスクアセスメントの方法は限定されているわけではなく、例えば図2の方法があります。
マトリクス法 | 発生可能性と重篤度を相対的に尺度化し、それらを縦軸と横軸とし、あらかじ め発生可能性と重篤度に応じてリスクが割り付けられた表を使用してリスクを 見積もる方法 |
数値化法 | 発生可能性と重篤度を一定の尺度によりそれぞれ数値化し、それらを加算また は乗算などしてリスクを見積もる方法 |
枝分かれ図を 用いた方法 | 発生可能性と重篤度を段階的に分岐していくことによりリスクを見積もる方法 |
コントロール・ バンディング | 化学物質リスク簡易評価法(コントロール・バンディング)などを用いてリスク を見積もる方法 |
災害のシナリオ から見積もる方法 | 化学プラントなどの化学反応のプロセスなどによる災害のシナリオを仮定して、 その事象の発生可能性と重篤度を考慮する方法 |
図2.リスクアセスメント手法の例
今回の標準仕様書の位置付け
ISO/TC229「ナノテクノロジー」では、ナノ材料の環境安全に役立つ標準として多くのものが発行されています。リスクアセスメントに関しても、今回の翻訳版の基になったISO/TS12901-2: 2014以外にも次のものが発行されています。
まもなく発行されるTS Z8932 「ナノテクノロジー-工学ナノ材料に適用する職業的リスクマネジメント-第2 部:コントロールバンディングアプローチの使用」は、JISCから発行されますが、JIS(日本産業規格)とはなりません。JISは実施すべき事項を明確に規定したものである必要があります。ISOでは、実施しすべきものを規定したIS(国際規格)にするには技術的に明確にするに至らないものをTS(技術標準)として定めることが認められています。今回のTS Z8932の基になっているISO/TS12901-2も同様のものです。
日本でナノ材料を扱う事業所の方にとっては、労働安全衛生法で義務付けられているリスクアセスメントに適用できるものです。是非、活用されることを期待します。
[i] 平成29年 労働安全衛生調査(実態調査)
[ii] 令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)