労働安全衛生法制定以来約50年ぶりの管理体系の改定。
物質を特定した規制からGHS分類による自律的管理の義務化と
ばく露限界値(仮称)以下にすることの義務化。
背景
職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会iが、2019年から行われてきましたが、2021年7月14日の第15回を最終回として終了しました。ここでの検討結果により、ほぼ職場における化学物質管理に関する法改正の方向性が見えてきました。
国内で化学物質による労働災害は年間450件程度で推移しており、法令による規制の対象となっていない物質を原因とするものが約8割を占めているとされています。また、化学物質による重大な職業性疾病も後を絶たない状況にあるとされています。リスクアセスメントの実施率も5割程度にとどまっており、その実施していない理由としては、「人材がいない」が最多で約55%、次に「方法が分からない」が約35%となっています。中小企業における状況として、企業規模が小さいほど、法令の遵守状況が不十分な傾向にあります。
職場の化学物質管理の規制は、1972年に労働安全衛生法が制定され、同年の有機溶剤中毒予防規則(有機則)、特定化学物質障害予防規則(特化則)などの制定により、国が特定の化学物質を定め規制していく体系となりました。それから約50年を経て、今回の改訂は、国が化学物質を特定するのではなく、危険・有害性に応じて事業者が自律的な管理を進める規制へと移行されることが示されました。5年後に特化則等を廃止することも意図されています。
主な改訂の方向性
これまでの体系は、有害性の高い物質について国がリスク評価を行い、特化則等の対象物質に追加し、ばく露防止のために講ずべき措置を国が個別具体的に法令で定めるという体系でした。それを、危険性・有害性が確認された全ての物質に対して、国が定める管理基準の達成を求め、達成のための手段は限定しない方式に転換され、下記がポイントとなります。
◇国によるGHS分類で危険性・有害性が確認された全ての物質に、以下の事項を義務づけ
・危険性・有害性の情報の伝達(譲渡・提供時のラベル表示・SDS交付)
・リスクアセスメントの実施(製造・使用時)
・労働者が吸入する濃度を国が定める管理基準以下に管理
・薬傷や皮膚吸収による健康影響を防ぐための保護眼鏡、保護手袋等の使用
◇労働災害が多発し、自律的な管理が困難な物質や特定の作業の禁止・許可制を導入
◇特化則、有機則で規制されている物質(123物質)の管理は、5年後を目途に自律的な管理に移行できる環境を整えた上で、個別具体的な規制(特化則、有機則等)は廃止することを想定
この中で、これまでは職場の作業環境を管理濃度に対して測定・管理することとされていますが、今回は、ばく露限界値(仮称)が設定され、労働者のばく露濃度の低減を進めるようにすることとなります。
もうひとつのポイントとして、今回は「労使等による化学物質管理状況のモニタリング」があります。いくつか義務付けられていますが、中でも自律管理が適切に行われてない可能性があると労働基準監督署が認めた場合は、外部専門家の確認・指導を受けることが必要になります。
その他にも様々な改訂が行われますが、今年度から政省令の改訂が進められることになるようです。
今後への期待
1975年に作業環境測定法が制定され、私が作業環境測定に関与し始めた1980年代は作業環境測定が定着されつつある状況でした。欧米は当時から個人ばく露濃度管理が主体でしたが、日本独自の作業環境測定による管理は効率的であり、作業環境改善施策に結び付けられ優れたものです。今後の議論の中で、ばく露限界値濃度を管理・低減する措置として作業環境測定の重要性が再認識されることを望みます。個人ばく露濃度測定はナノマテリアルなど新規の物質では難しいこともあり、ISO/TR12885:2018「ナノテクノロジー - 労働現場における健康と安全の実践」の中でも、日本の作業環境測定による管理手法が掲載されています。
また、今後、化学工業等の民間企業のOB等を活用し、化学物質管理に関する高い専門性や豊富な経験を有する人材を育成・配置し、中小企業等への助言支援等を行う体制の構築を検討することとされています。
今回の改訂により、法規制対象となっていない化学物質に関しても適正に管理が行われ、労働災害の発生が未然に防止されることに期待します。
i 職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 (mhlw.go.jp)